和歌山での生活の一端(水路の土手補修)
Yuji Nakamura
山裾には水路が有り、水田や畑に上流にある山の溜池から農業用の水を送水していた。その水路は又、山に降った雨や湧き水の排水路としての役目を担うことになる。昔より、農作業に水の管理は一番大事な事とされ、自ずと水利組合が設置され、自らの畑と同様に水路も水が整然と流れるように美しく整備されていた。周辺草木の刈り取り、土砂の浚渫も特に田植え時期には頻繁にされる。仮に整備が行き届いていないと農作業に支障が出てくる。農地、水路に接する住民もその作業を手伝う。この地域でも昔はそうであったことがお茶会の話の中で頻繁に聞かれる。しかし、それは15年も20年も前の話である。いや、いや、その前であろう。その随分後に(3年前)私達は田舎暮らしを求めてこの地に来たことになる。現在は高齢化で山裾の水田、畑はほとんどが放置状態、水も必要性が薄れ、水利組合も解散、山も手入れ不足又は完全放置、今まで使っていた水路は水利組合から市に移管、市の管轄となったとのこと。溜池も水位をずっと下げ、自然放流するダムの形状に改修された。しかし、市側は水路、その周辺、土手等の掃除をするわけでもなく、今まで関わっていた人達も “水路は市に返した”を建前に、今までしていた整備は停止、自ずと里山全体が放置状態となっていく。送水停止はバルブ操作で簡単に出来、即座に完了する。しかし、排水の大切さついては忘れられた状態を招く。いやいや、元から農作物を作る為の送水でしか頭に無かった感じがする。又、山裾の水路に山側から流れ込む水路については山の地主がいるので、市は管轄外との態度をとる。水路に土手の、或いは畑の土が崩れ落ち、水路の雨水がせき止められても誰かが連絡した時には応急処置で土砂は除去するが、そこまでの作業で終わってしまう。予算計上の必要規模に満たない小規模のものは市の職員は確認もしにこない。市は非常に忙しいとのこと。これがこの地の現状のようです。このストーリーはこの地域だけでなく、日本全域に共通する流れかと思われます。能登半島での地震後の大雨での多くの場所での山の土砂崩れ被害、その原因は地震による影響だけでは無いはず、共通するものが、可成りあるように感じます。 排水は非常に大事です。災害に直結します。今年は昨年よりも色々な事象がエスカレートしていく感じがします。特に災害については。嫌ですね!



ついでに、今借りている畑の段の部分が崩れそうだったので、ここも改修しました。今迄の土手補修の経験で少し要領が良くなってきました。うまく出来あがると景観も良くなり、達成感が沸いてきて嬉しいものです。スチールパイプの手摺りは今年90才になられる方が昨年設置して下さいました。その方は中ハンマーを振りかざし、パイプを打ち込んでいきます。そのパワーにびっくりしました。私はパイプの下部を両手で支えているだけでした。さすが、元野球選手で甲子園まで行っておられます。体格は良く、今でも腕の太さは私よりずっと太いです。
楽しみながら、体を動かすことは健康に良いということを実感して過ごさせて頂いています。


